#16「がんばった神戸!」

公開日: : 最終更新日:2015/07/09

kobe01

1年という時間がゆっくりと動き出した2006年の1月6日。
新幹線に運ばれ、仕事で僕は神戸の街にいた。

撮影が終わった後、三宮で食事をとり僕はタクシーを探した。フラワーロードと呼ばれる大通りを歩くと、少し先に一台のタクシーが止まっていた。

「すみません、新神戸駅までお願いできますか。」
「はい新神戸ですね。お客さんがくるまで、ここで1時間も待ちましたわぁ。」

眉毛が長く、ヤギを連想させる顔立ちの初老の運転手さんだった。久しぶりのお客に気をよくしたのか、車が動き出すと同時に、大きな声の関西弁で、運転手さんは自然と震災の話しをしてくれた。

「あの日から11年になります。1995年の1月17日です。地震が起きたときは、頭から布団をかぶりましたよ。余震がきてましたから、毎晩寝る時も靴下を履いてました。いつでも逃げられるようにね。水も電気もガスも止まってしもうて、ガスがくるのに40日もかかりました。40日の間に4日だけですよ、風呂に入れたの。それもすんなり入れませんからねぇ。長い行列がお風呂屋さんの前にあってやっとの思いで入るんです。道もボコボコになってしもうて、よくお客さんが歩いたほうが早いわとか言って、降りよるんですよ。」

それは、テレビのブラウン管からは決して伝わってこない、被災を体験した人の生きた声だった。

「もう、さすがに全て復興したんですかね?」

「ここらへんは、企業の建てたもんやからね、だいたいは建て直しましたけど、震災の直前に建てたホテルなんかは、潰れたまま、そのままになってるのもありますよ。そこに日本生命のビルがあるでしょ。あれなんかも建て直したんです。あの時はほんまに大変でしたけど、でもまぁ、あと100年は地震がこないんとちゃいますか?」

タクシーは 新神戸の駅に着いた。
仕事の撮影の為に運んできたカメラバックの中から、ニコンのデジタルカメラを取り出し、僕は静かに神戸の街へカメラを向けた。ファインダーの先にある街並は、さっきまでの話なんて嘘みたいに、とても穏やかだ。この景色の前で僕は11年前のこの言葉を思い出していた。

「がんばろう神戸」

当時このロゴがオリックスブルーウェーブのユニフォームに書かれていた。
阪神大震災で神戸が被災しながらも、イチローの200本安打などの活躍で日本一となり、神戸の人々を勇気づけた。

神戸は本当にがんばったんだなと僕は思った。

 


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