#20「ごめんね、小栗旬。」

公開日: : 最終更新日:2016/02/15 色々

daihon

今から2ヶ月ほど前の5月の終わり。
春でも夏でもない季節。

自宅のパソコンに一通のメールが届いていた。差出人は「ユウキ」の本の編集を担当したポプラ社の櫻井さん。
そのメールを開いた数秒後、僕は思わず声を出して叫んでいた。「ユウキ」がドラマ化される。嘘のような本当の話だった。

その数日後、日本テレビのプロデューサーの方から取材を受けた。新宿駅近くの喫茶店。ユウキとの出会いのこと、オーストラリアで撮り始めた写真のこと、帰国後に入院する彼の病院を訪れたときの話。

取材は1時間ほどに及んだ。
そこで、主演はKAT-TUNの亀梨くんに決まりそうだということも知った。
「あー、そうなんですかぁ。」
僕は淡々と答えたが、正直驚いた。いま日本で最も旬な芸能人の亀梨くんが、雄基を演じる。ことのでかさに改めて気づかされた。正直僕は、驚いた。

その取材から2ヶ月近く過ぎた、長く続いた梅雨の終わり。会社に日本テレビから大きめの封筒が届いた。早速、封を開けると一冊の台本が入っていた。

台本の表紙には「ユウキ」のタイトルと、太陽へ顔を向けた1輪のひまわり。
ブラウン管の向こう側で活躍している、あの亀梨くんや優香などが僕の写真を見ている。そう思うとなんとも不思議な気がして、心臓が高鳴った。気持ちのいいリズムで胸が高鳴った。

台本を数枚めくった。笑った。
ニヤニヤして笑ってしまった。
「ハマ 小栗旬」
と書いてある文字が、眼球に飛び込んできたからだ。

ハマというのは、僕がオーストラリアでみんなから呼ばれていたあだ名だ。
ダウンタウンの浜ちゃんに顔が似ていることから、そう呼ばれていた。

実物は浜ちゃんなのにドラマでは、イケメン人気俳優の小栗旬くんが僕を演じてくれる。
こっ恥ずかしい気持ちと、なんだか日本国民に申し訳ないような気持ちが入り交じって、思わず声を出して笑わずにはいられなかった。

台本を読ませてもらった。
涙なくては語れない話だけど、とても明るく前向きな脚本になっていたのが、何よりも嬉しかった。

個人的に楽しみなシーンもあった。
それはドラマの中でハマ(小栗くん)が撮った写真を、ユウキ(亀梨くん)に見せる場面。そこでは僕が実際にオーストラリアで撮った写真が、ドラマで使われることになっている。どんな扱われ方をされるかはわからないけど、ぜひそこにも注目してくれたら嬉しい。

最近読んだ本に、こんな言葉があった。
「人は2回死ぬ」
1回目は肉体的な死。2回目はみんながその人のことを語らなくなったとき。

4年半ほど前の12月。
雄基は一足先に、はるか遠いところへ旅立った。
1回目の肉体的な死だった。
その4年後、いろんな縁が重なって彼の半生を描いた本が出版された。
そして今年の夏、その本を基にしたドラマが24時間テレビで放送される。

雄基はいま、2回目の人生を生きている。


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