#26「伊国のマックで待ちぼうけ 後編」

公開日: : 最終更新日:2016/02/15

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シュンと電話が繋がってから、バスが動いていない状況を彼に伝えた。

すると、彼の口から吉報が届いた。
ちょうど今夜シュンの女友達が車でレストランに来ることになったらしい。
それならばと、一緒に車に乗せてくれるように頼んでくれることになったんだ。

これでようやく、シュンの働くレストランでおいしいイタリアンをいただくことができる。不運続きのイタリアの旅に、初めて幸運の女神が舞い降りてきたみたいだ。

約束の時間はPM8:00。
待ち合わせ場所はフィレンツェ駅の前にあるマクドナルド。10月のイタリアの夜に吹く風は冷たかった。時計の針が8時40分を過ぎても、誰も現れる気配がない。イタリアの幸運の女神は気まぐれらしい。

唇をギュッと噛んだ。
どうやら誰も迎えに来そうにない。
僕だけがこの異国の街に取り残されてしまったみたいだ。
ようやく掴んだラストチャンスが、砂のように指の隙間からこぼれてゆく。
シュンとは縁がなかったのかも知れない。
僕はあきらめてホテルに帰ろうとした。

その時だ。
一人のイタリア人の女の子が視界に映った。青い瞳が僕を見て、手を振っている。どうやら彼女がシュンの友達のようだ。
幸運の女神がついに僕に微笑んだんだ。弾丸のようなスピードで、夜に包まれた街を一台の車が飛ばしていく。

郊外を抜け、イタリアの山道を走る頃、後部座席に座る僕は新たな不安に襲われていた。それは、彼女と全く意思の疎通ができないことだ。日本語はもちろん、英語もほとんど話せないらしい。もちろん、こちらもイタリア語が話せない。唯一わかったのは彼女の名前がジュリアだということ。マクドナルドの前で会った時に、彼女が口にした。

青い瞳にセミロングの黒髪で、下唇にピアスをつけている。年は多分、25歳くらいだろうか。言葉が通じないからこそ、ふと不安に襲われる。

「なんで僕は今、見ず知らずのイタリア人が運転する車に乗っているんだろう?」

「本当にこの人はシュンの友達なのか?」

「ずいぶん暗い山奥を走っているけど、本当にレストランへ向かって走っているのか?」

「ひょっとしたら日本人を拉致して、イタリアンマフィアに売り飛ばそうとしているのでは?」

次々と黒い妄想が頭の中を支配してゆく。

そんな疑心暗鬼の塊のような僕をよそに、車はスピードをゆるめて、やがて停車した。
夜の山奥にひっそりたたずむ、一軒家のレストラン。

ジュリアが車を先に降りて、店の中へ僕を案内してくれた。白熱灯で照らされた店内に、僕はゆっくりと足を踏み入れた。丸いテーブルの上に、イタリア料理を囲んで食事をしているイタリア人達。すると、その光景の中に日本人の姿があった。

長い黒髪を後ろに束ねた見覚えのある背中が、おいしそうなパスタを運んでいる。シュンは本当にそこにいた。やっと僕は、何かから解放された気がした。

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それから至福の時が過ぎていった。
世界的に有名なキャンティの赤ワイン。
ムール貝の旨味が、口いっぱいに広がるペスカトーレ。グラムにして1キロもある、迫力も味も最高のビーフステーキ。さっきまでの出来事がまるで嘘みたいに優雅なひと時だった。

「こんなうまいイタリア料理は初めて食べたよ。」

興奮気味にシュンに語った。

「だけど、上には上がいるよ。イタリアに来たばかりの頃、三ツ星のレストランに行ったんだ。あの味を一言で言えば、芸術だね。日本円で一人6万円もしたけどね。」

約10年前、ケアンズにある一軒の安宿で彼と知り合った。あの頃、僕はカメラマンになることを夢見ていて、シュンはレストランで皿洗いのバイトをしていた。当時こんなところで、こうして会えるなんて想像もできなかった。

あれから時が過ぎ、シュンがイタリアのレストランで料理を創り、その姿に僕がカメラを向ける。10年という時間を重ねて、こうした写真を撮れることが、単純に嬉しかった。

自分の知らない土地で、自分の知らない言葉を話し、店員と談笑しながら働く日本人の後ろ姿。
人にはいろんな未来があり、出会いにはたくさんの可能性がある。

そう感じさせる背中が、そこにはあった。

 

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伊国のマックで待ちぼうけ  おしまい

 


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