#65「ベトナムについて勉強してみました。」

公開日: : 最終更新日:2015/07/10

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「今度、夏休みにホーチミンに行くことになったんですよ。おススメの観光スポットとかあったら教えてくれませんか?」

スッキリしない天気が続き、なかなか夏になりきれない、今年の7月の終わり頃。いつも仕事でお世話になっている海外旅行通のAさんに、僕は軽い気持ちで口にした。

「そーなんだ、いつからサイゴンに行くの?」

「サイゴン?………..サイゴンじゃなくてホーチミンですよ。僕が行くのは。」

「いや、だから現地の人はみんなホーチミンのことをサイゴンって呼ぶんだよ。ちなみにホー・チ・ミンが何をした人か知ってるの?」

「えっ!?ホーチミンって人名なんですか?」

「あーっ!もーいーよ。それじゃぁ、いつからいつまでどこに泊まるとかメールで教えてよ。今は忙しくてダメだけど、時間ができたらメールするからさ。」

それから約1週間後……..。
自宅のパソコンに1通のメールが届いた。

「ってか、ホー・チ・ミンが人名だと知らない人間がベトナムに行くのはマジでまちがってる!」

メールの1行目でいきなり一喝されたのは、34年間生きてきて初めての経験だった。

まさかの攻撃に0.5秒ほど金縛りにあってしまったが、勇気を振り絞って2行目以降の文章に僕は視線を動かした。

「観光スポットどうのこうの前に、ベトナム戦争とホー・チ・ミンについてある程度は学んでおくべき。そうした事実をきちんと知っておかないと、「ホーチミン・シティ」には出会えるけど、「サイゴン」には出会えないよ。」

さすが、プロのライターさん。
言うことがオシャレだ。

それにしても、ただの夏休みの思い出旅行のつもりが、なんだか大袈裟な哲学旅行になってきた。

思い出した。
そう言えば、4年前にイタリアに行くことになったときもそうだった。

「今度、イタリアに旅行に行くんですけど、何かおススメの情報とかあります?」

「うーん………..、悪いけど、はっきり言ってイタリアは難しいよ。」だった。

イタリアが難しいということは、どういう意味なのか理解することが僕には難しかった。(ホントは「どこどこのペペロンチーノが美味いよ。」とかいう情報が欲しかっただけなんですけど……….(汗)。)

「本場のベトナム料理っておいしそうだなぁ。」くらいの興味しかなかった今回のベトナム旅行。だがしかし、Aさんに助言していただいたのも、きっと何か意味があるはず。そんなわけで、せっかくの機会だし、旅に出る前に少しだけ僕はベトナムについて勉強することにした。

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「ベトナム戦争について、ウィキペディアぐらいは完読せよ!」

これはいつも仕事でお世話になっているAさんからの指令のひとつだ。

そうでないと「現地で見える景色とその意味」が全然違ってくるらしい。田舎の少年と同じくらい素直な僕は、早速ヤフーで「ベトナム戦争」と打ち込んでみた。

なっがーーーーーーーーー!!!

「俺は受験生か!」と突っ込みたくなるほど、説明があまりにも長すぎる!!!

簡単に知識をゲットしようとした自分があまりにも無知だった。それでも、睡魔に幾度となく襲われそうになりながら、なんとか目を通した。

なるほど…….

わかった。

ベトナム戦争はとっても複雑だ!

結局、ウィキペディアでは良くわからなかったので、自分なりに本を読んだり、映画を見たり、人に話を聞いたりして「ベトナム戦争とはなんぞや?」ということを解明してみた。

その勉強の成果としてこれからこの場を使って、発表してみたいと思う。興味のある方も無い方も、これも何かの縁。知っていて、得はあっても損は無し。

そんなわけでお暇なら、読んでやってください。

※ 自分なりに解釈して、なるべくわかりやすいように、ベトナム戦争を説明しました。つっこみどころも、多々あるかと思いますが、大きな心で読んできただけたら幸いです。

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[ウィキペディアよりもわかりやすい!ベトナム戦争]

1. 19世紀 フランスはベトナムを植民地化した。
(ベトナムのコーヒーが有名なのはその為。ベトナム料理の盛りつけが美しいのもフランス料理の影響。)

2. 1939年 第二次世界大戦が勃発!
1940年 フランスはドイツに敗れる。

すると、ドイツと同盟国であった日本軍がベトナムに進駐!
こうしてベトナムはフランスと日本に共同で統治されてしまう。

3. 1945年3月 日本がフランスを追い出し、ベトナムを完全に占拠。

4. ところが、皆さんのご存知の通り日本は敗戦。
そしてベトナムを撤退。

5. ようやく邪魔者がいなくなったベトナム。
ここで、ベトナム社会主義運動の指導者ホー・チ・ミンが独立を宣言!

6. だがしかし、ここで黙っていないのがフランス。

「ちょっと待った!ベトナムは俺たちの領土だ!独立なんてさせないよ!」

当然、納得するはずもないベトナム。

「ふざけんな!お前らの勝手にはさせないぞ!」

こうしてインドシナ戦争が勃発!

7. すったもんだの末、めでたくベトナムが勝利!
ようやく、長年の呪縛から解放されたベトナム。
これにて一件落着!

と、なればよかったが、残念ながら新たな問題が発生!
ベトナムは共産主義派の北ベトナムと、資本主義派の南ベトナムに分かれてしまう。

これがベトナム第二の悲劇のはじまりだった。

完全に考えの違う北と南。
当然仲良くできるもない。

こうして、ベトナム戦争がついに勃発!

8. もともとは、北と南を統一する為の戦いだったベトナム戦争。
ところが、共産主義勢力の拡大を防ぐために、南ベトナムを資本主義国であるアメリカが支援
そして、共産主義国のソ連が裏で北ベトナムを支援した。

つまり、表向きは南北を統一する為の戦いだったベトナム戦争。
しかし、もうひとつの側面では、共産主義 VS 資本主義の代理戦争だったとも言えるのだ。

9. 開戦当初は、絶対的な軍事力をほこる南ベトナムが優勢。
ところが、北ベトナムの指導化にあったゲリラ軍の攻撃に苦戦をしいられ、
アメリカでは反戦運動が起こり(ジョン・レノンが反戦歌を歌っていたのもこの頃)
アメリカはベトナムを撤退

10. 軍事力の支えを失った南ベトナム軍。
北ベトナム軍は南ベトナムを全面攻撃。

1975年 4月30日 ついにベトナムは歴史的な日を迎える。

南ベトナムの首都サイゴン陥落!
そして、南ベトナム崩壊!

サイゴンがホーチミン市へと改名され、ベトナムは統一された。

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「本場のベトナム料理っておいしそうだな。」
それくらいの軽い興味がきっかけで、訪れた国ベトナム。

自分なりに勉強して、恥ずかしながらようやく気付いた。
この国の長い歴史は、他の国による侵略の歴史でもあったのだ。

そんな悲しい歴史を背景に成長しているベトナム。
この国の現在の平均月収は、都会で約一万五千円。全国では八千円。
念願だった社会主義は、あまりうまくいってないらしい。
頑張っても収入が同じだからという理由で、みんな仕事をさぼってしまうそうだ。
その為、経済的にはこの国も資本主義に変わりつつある。

いまは都心に電車が走っていないので、みんなバイクで通勤している。
そんなホーチミンにも近い将来、地下鉄が走るそうだ。

ベトナムの発展はまだまだ途中であり、現在進行中だ。

この国について勉強して、もうひとつ気付いたことがある。
偶然にもベトナムが統一された年に、僕は生まれたのだ。

ベトナムが統一されてから34年後に34歳の僕がホーチミン市を訪れた。
どちらも、まだまだ途中であり、現在進行中である。

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