#77「 二度目の門出  前編」

公開日: : 最終更新日:2016/02/15 写真

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2010年7月13日 朝。

最寄り駅に着く少し手前で気が付いた。
携帯を忘れた。

家から駅までは、歩いて約15分。
決して楽な距離じゃない。
当然、このままでは、会社に遅刻してしまうことになる。
それでも、携帯がなければ仕事に支障がでるのもまた、事実。
頭の中で考えた数秒後、通勤の人ごみを逆流することにした。

自宅に到着。
無事、携帯を手にした。
ゆっくりする間もなく、玄関のドアを閉め、再び駅へ向かうつもりだった。
何気なく携帯を開くまでは。

着信あり。
伝言1件。

駅へと足を運びながら、左手の親指でボタンを押しメッセージを耳にした。

母からだ。

「もしもし、おはよう。
実はあのー、昨夜、婆ちゃんが亡くなって、7月15日の木曜日がお通夜。
それで、翌日16日の午前10時から葬式ということで、もし無理じゃなかったら……..ピピッ。」

話の途中で伝言は途絶えていた。

認知症になり数年が経ち、最近は老人介護の施設で暮らしていた。
実家に帰ったときは、母と一緒に何度か婆ちゃんを訪れ、写真も撮ったりした。
その時も、誰が来たのかわからなくなってしまっていたけど、それでも体は元気で、ごはんもよく食べていたのに。

突然の別れだった。

小さい頃、婆ちゃんはずっと親戚のおじさんの家で暮らしていた。
だから、一緒に住んでいたわけではなく、特別婆ちゃん子だったわけでもない。
それでも、僕の知っている婆ちゃんの顔は、穏やかに微笑む優しい笑顔だった。

2004年 春

婆ちゃんが笑わなくなった。
正確にいえば、笑うことを忘れてしまった。
それは認知症のはじまりだった。

その年の夏

老人ホームで暮らす婆ちゃんに母親と一緒に会いにいった。
婆ちゃんの部屋には、そこの施設で撮影された婆ちゃんの写真が飾られていた。
でもそこに婆ちゃんのあの笑顔はなかった。
もし、婆ちゃんに何かあったら、きっとこの表情の無い写真が遺影に使われてしまうのだろう。それを怖いと思った。
まだ小さい姉の子供や、これから生まれてくる婆ちゃんのひ孫たち。
その子供達は、ずっとこの表情の無い婆ちゃんしか知らずに生きて行くことになる。それが怖かった。
本当の婆ちゃんは、とても優しく笑う婆ちゃんなのだから。

2005年 正月

完全に笑わなくなってしまう前に、婆ちゃんの笑顔を残しておきたいと思った。
カメラ機材を車に乗せ、実家に帰り、婆ちゃんの写真を撮った。
母や父、姉や生まれたばかりの姪に囲まれて、その日の婆ちゃんは終始笑顔だった。

とてもいい写真が撮れた。
婆ちゃんらしい、穏やかな笑顔を残すことが出来た。
これから先、たとえ完全に婆ちゃんが笑わなくなってしまっても、婆ちゃんの笑顔は、写真の中でずっと生きている。
これから先も、このままずっと。

#78「 二度目の門出  後編」へ続く…


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