#98「東北へ ~言葉~」

公開日: : 最終更新日:2015/07/12

tohoku05
小学校の避難所のテントに被災されていたおばちゃんが、明るく笑って話してくれた。

「電気なんて無いわよ。3時半に太陽が出たら起きて、夕方5時半に風呂入って、暗くなったら寝るだけ。でも昔の生活に戻っただけだよ。くよくよなんてしてもしかたがないからね。楽しいこと見つけてやっていくだけだよ。それから、私の家にはボランティアなんて必要ないよ。だって流されて、何にもないからね。」

東北の空の下、おばちゃんは屈託の無い笑顔を残して歩いていった。

その背中には本当は大きな悲しみを背負っているはず。それでも、逆にこちらが励まされているような気さえした。

支援させてもらった家の方からも声を聞くことができた。ご年配のご夫婦と、息子さん娘さんの4人が暮らす二階建ての一軒家。津波の被害により泥だらけになった家の掃除やヘドロの除去をさせてもらった。

午前中の作業が終わって、庭先で休憩中にお父さんが静かに語ってくれた。

「あの日、地震があってから少したって、津波警報が聞こえてきたの。海からはずいぶん離れているから、まさかとは思ったけど、家の前の道路に出てみたんだ。そしたら、遠くのほうから道路に水がチョロチョロと流れてきた。最初は本当にチョロチョロ程度。体の悪い母ちゃんを車の助手席に乗せて逃げようとしたら、道路に車が一台流されてきた。たった30cmくらいの水で簡単に車は流されちゃうの。これはまずいと思った。

母ちゃんを車から降ろして、家の中に戻ろうとしたら、あっと言う間に水が1メートルくらいの高さまできちゃって、玄関の中まで入ったら、1階の部屋の中でグルングルン洗濯機みたいに流されちゃった。死ぬ思いでなんとか母ちゃんの手をつかんで2階に上がったんだ。

2階の娘の部屋のタンスから服をひっぱり出して暖をとって、その日はどうにか寒さをしのいでね、翌日自衛隊の人達がボートに乗って迎えにきてくれたんだ。丘の上の郵便局に避難して3日後に帰ってきたらさ、金庫のお金がすっかり盗まれていたよ。」

テレビで流れるニュース番組より、車から瓦礫だらけの東北の風景を眺めたときより、被災された方の言葉は、深く心に突き刺さった。

それでも一日の作業が終わって、最後にこんな言葉を聞けたのが唯一の救いだった。「皆さんに助けてもらって、ようやく新しい一歩を踏み出せたような気がします。」その声には決意に似た強い意志が込められており、その目は確かに明日を向いていた。


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