#114「そして2ヶ月後、写真が届きました。 」

公開日: : 最終更新日:2015/07/12 写真

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吹雪の舞う、穏やかな春の日曜日。
時計の針がPM2:00を知らせる少し前。

「宅急便でーす。」

インターホーンが鳴り、宅配業者の声がリビングに響いた。

「もしや?ついに来たか。」

予感は的中。
我が家の空気が急に慌ただしくなった。送り主は「いとう写真館」。二ヶ月前に撮影してもらった、いとうさんから写真が届いたのだ。

「どんな写真が送られてきたのだろう?」という期待と「変な顔の写真だったら、嫌だなぁ。」という一抹の不安。二つの感情が、興奮気味に胸のあたりで交差する。

はやる気持ちを押さえながら、嫁さんが包装を丁寧にはがしてゆく。空気の入ったプチプチを剥がし終えると、いとう写真館のロゴが刻まれた2つの箱が姿を見せた。

終業式の日に教室でこっそり通信簿をめくるような、独特な緊張感が部屋中を包みこむ。

思い切って一つ目の箱の蓋を開けると、いとうさん直筆の手紙が目に映った。ありがたく一読したあと、二人の視線が箱の上のあたりでぶつかりあって、思わずにやける。そして手紙と写真の保護用にかぶせてあった半透明の薄手の紙をはずして、息を飲み込む。

最初に目に飛び込んできたのは、二人一緒に並んで撮った写真。手をつなぎながら、口を大きく開けて笑っている僕と嫁さん。

「こうきたか~!」

なんだか照れくさいような、嬉しいような、困ったような気持ちが混じり合い、僕らはいたずらに笑いあった。

いとう写真館はフィルムで撮影しているので、自分で写真を選ぶことはできない。何パターンか撮影して、その中から現像後にいとうさんがベストショットを選ぶ。そして、熟練の職人さんの手によって、プリントされた一枚が自宅に送られてくる。つまり、写っている自分の顔が、必ずしも期待している自分の顔である保証はどこにもないのだ。

ちょっと、なで肩の僕と口を開けて細目で笑う彼女。それ以上でも以下でもない、いつもの二人。いつも見ている彼女の笑顔と、その隣で一緒に笑っているいつもの僕が木製のフレームにしっかりと刻まれていた。

「なんだか幸せそうだね。」

まるで、自分達ではない誰かの写真をみるように嫁さんが笑った。まったく同じことを僕も感じていて、素直にうなずいた。

それから、次にもう一つの箱も続けて開けた。それは、自分一人で撮ってもらった写真。カメラをもって長椅子に腰をかけながら笑った自分。これまた、照れくさいような、自分だけど自分じゃないような不思議な感覚。

「なんだか顔のシワの入りかたが母親とそっくりだなぁ。」

そんな普段気付かなかったことを冷静に気付いたりもする。うまく言えないけど、血の通った凄い写真だと感じた。ここまで生きてきた時の重さがきちんと写っている。ありのままの素の自分の姿がそこにはあった。

いとうさんは撮影中に特別、面白いことを言っていたわけではない。ただ仏のようにニコニコしながら、シャッターを切っていた。それなのに、こんなに楽しそうに笑っている。

「かっこよく撮られたい。」とか「きれいに写りたい。」とか、誰でも最初は余計な鎧をまとってカメラの前に立つ。しかし、その鎧はいとうさんの笑顔や立ち振るまいによって、いつのまにか外されてしまう。

「こう撮られたい」という自意識が外れた一瞬を、ハンターのように狙ってシャッターを切っているのだ。

撮影される時、普通は自分以上に良く撮ってほしいと思うもの。でも、この写真に関してはそれは正解ではないのかもしれない。いとうさんは、普段以上に良くは撮ってくれない。この写真家は普段通りの姿を残してくれる達人なのだから。

気がつけば、写真が届いてから一時間以上も二人で二枚の写真を眺めては語り合っていた。ずっと見続けることができる写真というのは、間違いなくいい写真なのだ。

それに比べて、最近の写真は見る時間が本当に短い。スマホやデジカメで撮って確認してそれでおしまい。でも写真って確認するためだけにあるものではない。ゆっくり眺めて、思い出したり、懐かしんだり、いろんなことを感じさせてくれる力があるのだ。

二枚のモノクロ写真がその力を、あらためて気付かせてくれた。


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